ゆめを見る。そしてゆめの内容を保持したまま目覚める。
ゆめはフィクションらしいけど、わたしはまだ誰も知らない「らしい」を信じているわけでもない。ゆめの内容を知っているのはわたしだけだけど、それと同じ内容のゆめを同時に見ている人が絶対にいない、ともわたしは思わない。この世界と同じように、わたしたちが目覚めているときにはすべての生物と共有する世界があるように、目を閉じた世界だけはひとり占めできると思い込んでいるのはなぜだろうと思う。
まあようするに、とてもいいゆめを見たときに憶えていることはしあわせだし、とてもいいゆめをみたらしいときに憶えていないことはとっても悔しい。
それが昨日と一昨日のことで、わたしはしあわせな気分で目覚めた翌日、とってもだいじなことをすっかり忘れたような気分で目覚めて、まだその内容の一部すら思い出せないけどそれでも日々は続く。ゆめはとてもおいしいにおいがした。わたしのまだ知らない、おいしいにおいだ。🍨🍷
